コラム「一休さんと一休み」
今、日本人の死因の一番多くはガンです。私の伯母もガンで亡くなりました。ガンを患った方の家族には、大変な精神的なストレスがあるでしょう。最近では、本人に告知される方もいらっしゃいますが、本人には伝えず、うそをつかなければいけなかったり、また、医者からは「あと○○月です。」と宣告されます。その期間、家族にとっては耐えがたいものだと思います。
近所の方で、日頃から親しくしていただいている方の娘さんがガンで亡くなられました。まだ51歳でした。いつも愛想のいい明るい方で、その雰囲気からは病気を患うことなど想像できないほどでした。
葬儀のお料理のご相談を終えた時のことです。
「なおちゃん。最近の葬儀じゃあ、お寿司も巻物だけじゃなくて、普通のにぎり寿しなのね。」
「そうですね。巻物だけのもありますけど、普通、にぎり寿しですね。その方が回転がいいんですよ。
でも、ご希望でしたら、巻物だけのもご用意できますよ。」
「いえいえ、そうじゃないのよ。そのほうがよかったと思ってね。わたしはのり巻たべられないから。」
「そうですか。でも、○○さん大森の生まれなのに海苔が苦手なんて、めずらしいですね。」
「そうじゃないのよ。海苔はだいすきだけど、もう食べないようにしたの。」
「なんでですか。」
「ほら、私、三年前に胃潰瘍で生きるか死ぬかの思いをしたときがあったじゃない。」
「あぁ、その時は大変でしたね。でも今はもう大丈夫なんでしょ。」
「そう、体は全然大丈夫よ。だからこうやってタバコだって吸っちゃってるしね。
その時にね、私はバカだからこの娘に、一つお願いをしちゃったことがあったのよ。」
「なんですか。」
「私が死んだら、棺の中にのり巻をいれてほしいってね。」
それから、お母さんは一度お線香をあげて、ゆっくりと話し出しました。
「私はもらわれっ子だったのよ。上には兄弟が四人もいてね。
何年かしたらそうでもなかったけど、最初のうちはその兄弟によくいじめられたの。
今は仲いいわよ。でもねその当時は子供だからね…。
そんな中、お母さんだけはやさしかったのよ。本当にやさしかった。
ただ体が弱かったから、いつもふせっていてね。私が兄弟達にいじめられて、泣きながらお母さんの所にいくといつもなぐさめてくれた。そして、枕元の引き出しから大きな飴玉を一個くれるのよ。「お兄ちゃんや、お姉ちゃんには内緒だよ」ってね。大好きだった。
私はねぇ、子供ながらに、なんかお母さんにお返しをしなくちゃいけないと思って、ある時、台所から海苔を一枚盗んでそれでのり巻を作ってあげたの。子供の作るものだからぐちゃぐちゃの形の悪いものだったけど。それを「○○の作るのり巻は、一番おいしいね。」って本当に喜んで、おいしそうに食べてくれたのよ。
それで調子に乗って、また作ろうとしたら、今度はばれちゃった。
兄弟たちからは、こっぴどく叱られてね。それ以来、お母さんに何にも作ってあげられなくなっちゃって、お母さんの所にも兄弟の目があるから、行きにくくもなっちゃたのね。
だけど、お母さんは会うたびに「○○、今度はいつ作ってくれるんだい」って、こっそり言ってくるのよ。お茶目な人よね。でもその時、私はとてもつらかった。結局、体が弱かったお母さんは、それから何年かしたら亡くなっちゃったのよ。もう一度、私ののり巻を食べることなくね。だからねぇ、私が死ぬときに、そのお母さんにのり巻を持っていってあげたいのよ。そしてごめんなさいって言いたいの。
私はバカだから、そんな話を娘にしちゃってね。私が死ぬとき、私は作れないけど、孫のあんたがのり巻を作って、棺の中に入れてねって…。」
お母さんは、もう一度、お線香を上げました。その目からは涙がいっぱいあふれて、長い時間、手を合わせていました。そして、震える声で話だしました。
「この子がねぇ。最後に入院するときにね。こう言ったのよ。
「お母さん。わたしねぇ、お母さんとの約束を守れないかもしれない。」
「私、お前となんか約束したかい?」
「ほら、お母さんが入院したときに、のり巻の話してたじゃない。」
「あぁ、バカだねお前はそんなくだらない話をおぼえてて…。」
「私は、今度入院したら、出て来れないよ。きっと…。」
「バカなことを言うもんじゃないよ! ○○先生だって言ってたじゃないの…。」
「ありがとう。お母さん。もう十分だよ。感謝してる。私、お母さんがあの話をしてくれた時、こんなやさしいお母さんの子供でよかったって、本当に思った。
私ね、お母さんの代わりにのり巻おばあちゃんに届けてあげるよ。
だから、私の棺にお母さんののり巻入れてね。それと私のぶんも余分に入れてね。おなかがすいて途中で食べちゃうといけないから。」
「何を言ってるんだよ、お前は…。だいいちお前はおばあちゃんの顔を知らないじゃないか。それは私の役目だから、そんな心配するんじゃないよ。バカだねぇ、まったく!」
「大丈夫、私、こんなにお母さんと顔が似てたら、むこうからきっと声を掛けてくると思うんだ。「もしかしたら○○の娘かい?」ってね。ははは…」
「もう、いいからそんな話はやめなさい!」
本当にバカだよ私はねぇ。そんな話を娘にするなんてね。こんなにいやな思いをするんだから。
だから、私はのり巻を見るたびにそんなこと、思い出しちゃうのよ。
それでね、決めたのよ。これから何年生きられるかわからないけど、これからさきは一生のり巻を口にしないってね。それで我慢して、私が死んだら、娘とお母さんと一緒にむこうでたべるのよ。ごめんなさいね。なおちゃんにこんな話しちゃって…。」
私は大きく何度もうなずくばかりで、しばらく言葉が出せませんでした。
私は、人はこんなにも、やさしくなれるのかと感動しました。ガンの末期の方はまさに壮絶です。そんなときに人を思いやる気持ちが、仮に自分ならば出てくるのだろうか?
私はあらためて、こんな方たちのお世話をする、葬儀屋という仕事に、もっとやさしさをもって接していこうと気を引き締めました。 いま、どうやって接するのが葬儀屋としてのやさしさなのか考えています。